ヨーキーもも

夫の母

ももの経過のみを記録するためのブログですが。。。
モヤモヤを綴ります。

隣の県で一人暮らしの夫の母が重度の認知症です。

昨年、夫の父が十数年間の闘病の末亡くなりましたが、
父も認知症でした。
初めて診断されたころは、まだ「認知症」という病名はなく「痴呆症」といわれていました。
私は病院の対応にとても不信感をもち情報を集めましたが、
得た知識は家族を救うには至りませんでした。
長い間みんな苦しみ、父は逝きました。

父を送った後、夫の母は明らかに認知度が低下し、
ほとんど会話が成立せず、同じ話を何度も繰り返すようになりました。
年明け頃から、唐突に感情の伴わない笑い声を発するように。。。
春頃には、通っているデイサービスのボードに、自分が死亡する日にちが書かれていると
何度も何度も、どこへ行っても誰にでも訴えるようになりました。
ただし、簡単な買い物は出来、歩行も大丈夫。記憶もほぼあります。
失語がありそうです。
5月には、ケアマネさん、PTさん、STさんが訪問され、
施設で長谷川式やFABテストを行った結果と、母の状態が一人暮らしに耐えられないのではと説明されました。

夫には母の家から10分ほどの距離に住む姉がおり
姉は緊急性を感じて、すぐに最寄りの老年科のある心療内科に母を受診させました。
そこでは、認知症が進んでおり一人暮らしを続けるのは無理だろうとの診断だったらしいです。
脳の画像診断など客観的に診断できる検査はしていません。

母は症状から、多分、前頭葉症状を伴うレビー小体認知症だろうと思われますが、
そのクリニックからは、レビー小体認知症には処方すべきでないと言われ始めているドネペジルが処方されました。
ドネペジルは症状を悪化させる可能性があることは、姉にも夫にも伝えましたが、
医者の指示を優先することになりました。
処方量は3mgから5mgへと増量されて、死にまつわる妄想が止まらなくなり
ここ1週間ほどは、息子である夫が死んだと思い込み、ほぼ毎日電話をかけてきます。
「○○ね?」と本人を確かめて終わり、また翌日も繰り返します。
今日は、夫と夫の姉の遺影があると言い出しました。

医療の常識は日々覆されていますが、
世の中には、納得いかない診断や治療方法であっても、お医者様は常に正しいと思っている善人が多いのです。
「このお薬は、この病気には使わないほうが良いとの情報を見ました」と言ったら、ムッとされて「もう当院へは来ないで」とでも言われるのは怖いのです。

介護は、主にお世話をする主介護者の意見を尊重し、他の者は手助けをするが口出しはするべきでないと思っていますし、
方向性を変えても、責任が取れないことも事実ですが、
それは母の残された人生の質を守るより重要なのか?
モヤモヤです。
命は重いので、悩むのです。

夫の父は晩年は施設と病院を行ったり来たりでしたが、
十数年に及ぶ介護を母は頑張ってくれました。
母には少しでも気持ちよく暮らしてほしいと思っています。

母は、今年の母の日に私がプレゼントした帽子をいつもかぶってくれています。
「帽子似合っているよ」と言うと、私の名前は出てこないのですが「あなたがくれた」と言います。

グループホームへの入所を検討していますが、どうなるのか。。。
夫とともに、より良い方向へ導けたらと思います。
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  1. 2017/07/03(月) 00:16:00|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6
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コメント

ももママおはようございます。
とても難しい問題ですよね。
私はまだ「介護」に直接係わったことはありません。
なので、多少的外れなことを言ってるかもしませんが・・・。

医療の発展は全て「善」であるとの認識が多いですよね。
基本的に命を長らえることを目的として発展してきました。
ですが現在はこのような事態に「?」疑問をなげかけられていますよね。

それが、まさにももママのいう
>それは母の残された人生の質を守るより重要なのか?
>命は重いので、悩むのです。

平たく言えば・・・昔の人は
たとえば、認知症などなかった・・・・わけではない。
認知症になる段階まで生きられなかっただけです。
それは、生物としての寿命を全うするならば、認知症がでるような段階までの生命力は無かった。
ということ。
現代の人間の生命力が長くなったわけではない。
本来の生物としての「人間」の寿命を越えてしまっている「越えさせられている」のでしょう。

確かに命は重いのです。
ですが・・・

では「生きている」とはどういう事なのでしょう?
ただ心臓が動いてさえいれば「生きている」ことにはなります。
ですが、それははたして本当に「生きている」ということになるのでしょうか?
所謂、延命治療の問題は典型だと思います。

そして、
「脳死」の問題もあります。
私たちは今や当然のように「脳死」という言葉を知っています。
ですが、よく考えると・・・「脳死」ってそもそも「臓器移植」という技術や考え方がなければ、
おそらく存在すらしない言葉なんです。
「臓器移植」という技術を用いるために、「脳死」という概念がつくり出されたわけです。

科学は当初、人間の生活を向上させるために発展してきました。
ですが今では、科学を発展させるために、「人間」の存在概念が変化させられているんです。

はたして、これは正しいことなのでしょうか?

動物たちも同じです。
ペットを長生きさせるということは、ガンや難病で苦しむ動物たちを増やすということになるのです。

ももママ・・・。
私は、いつも思うんです、きっとももママも同じだと思いますが・・・
そして、ここをご覧になってるみなさんも同じ・・・。

ももちゃんやびびるいの病気。。。治ってほしい、長生きしてほしい。。。
だけど、その私の思いのために、
びびるいには、様々な制限をさせているんです。
おいしいものも食べられない、あれやっちゃだめ、これやっちゃだめ・・・。
痛い注射や、苦いお薬・・・

これは、単なる私のエゴなのではないか?
びびるいは本当にこんな生活を望んでいるんだろうか?

難しいですよね、本当に。。。



  1. 2017/07/04(火) 08:04:53 |
  2. URL |
  3. ありあ #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

ありあさん

コメントありがとうございますi-228

医学は人を置き去りにして進んで行くのでしょうかね。。。

薬の開発や認可など営利がらみの事柄は、
開発機関と効能を検証する者とが密かに繋がって、
都合の良いように少しの嘘で装飾して大きい利益につなげようとすることもあるのかも知れない。。。

世の中信じられないなぁ~と
思っちゃいます。

延命、必要以上の医療、間違ったチョイス。
老いていくわが身に降りかかる問題ですね。
どこまで求めるのか?
自分で判断するしかないです。

命は重く、守らなければならないものです。
一度きりですから。

肉親になればなおさらです。

健康で全うできる人生もあれば、医療の力で永らえる人生もあります。
全部が尊い人生です。

認知症でもいいんです。
本人が時々笑えて、美味しかったり、心地よかったりしてくれれば。
治るものではないと思いますので、そのままを受け止めたいです。
抗いすぎて、苦しみが増したりすることは避けたいです。

そうわかっていても、身近なものに降りかかると混乱します。

食べられなくなる時がくると、「もしものとき、延命しますか?」と尋ねられます。
「胃ろう」はするのか?
「点滴」だけにするのか?
呼吸が止まったら身内が到着するまで「心臓マッサージ」するのか?
「気管切開」で「人工呼吸器」にするのか?

全て延命措置になるのかな。
状況によって判断は違ってよいと思います。

難しい問題ですが。。。


もももね。。。ごめんねって思っちゃうのよね。
こんなものしか食べさせないなんて。。とか、お薬に頼ってしまって。。とか。
正直、こんなに長く続くと思わなかった闘病だけど、
薬を飲んでいても、色々食べられなくても、元気で居てくれたらそれでいいです。

色々食べさせたい。。。それも人のエゴかも知れないので。。。


  1. 2017/07/04(火) 12:26:08 |
  2. URL |
  3. ヨーキーもも #-
  4. [ 編集 ]

>医学は人を置き去りにして進んで行くのでしょうかね。。。

すでにそうなっているんじゃないでしょうか・・・。

たとえばiPS細胞の技術は、命という概念を変えてしまいかねないものだし。
山中先生が生きている間はiPS細胞は守られてるので、おかしな方向には行かないでしょうが、亡くなった後、この技術をきちんとしたモラルの中で守らなければ、そら、恐ろしいことになるんじゃないかな。。。

私の先生(科学哲学の先生)の言葉ですが・・・

医療技術は、人の寿命を延ばすために開発されるべきではなく、寿命まで生きられない人たちが寿命まで生きられるようにするために開発されるべきもの。

そのとおりだと思います。。。


なんだかね。。。
一番大切なことが置き去りにされてる気がしちゃうんです。

だから、何が正しいのか・・・にこだわっちゃうんだよな・・・私は(笑


>認知症でもいいんです。
>本人が時々笑えて、美味しかったり、心地よかったりしてくれれば。
>治るものではないと思いますので、そのままを受け止めたいです。
>抗いすぎて、苦しみが増したりすることは避けたいです。

たしかに、そうですよね、それでいい。
本人と家族が笑顔でいられることが大切なんですよね。
実際に直面しているももママの言葉はとても響きます(^^

「延命措置」はほんとに大変な判断ですよね。
一度、「延命装置」をつけてしまったらなら、外すことはできない。
「殺人」になってしまうから・・・。
それもなんだかなって思ってしまう・・・。
延命をしない、呼吸器をつけないという判断は許されるのに、
一度「延命装置」をつけたなら、それを外すことは許されない「殺人」になるんですから・・・。

そういうことを考えてると、
自分のためじゃなくて、家族や周りの人達のために、自分の終末期は決めておかなくちゃなって思う。
こんな難しい判断をしなきゃならないんだものね。。。
それでも、家族は悩むのでしょうけど。。。


>色々食べさせたい。。。それも人のエゴかも知れないので。。。

たしかに・・・(;_;

元気で愉しそうにしてくれればそれでいいんだけど。。。
でも、やっぱり、迷って悩んでばっかりです・・・(>_<
  1. 2017/07/04(火) 23:25:44 |
  2. URL |
  3. ありあ #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

ありあさん

モヤモヤを言葉にしてありあさんとやり取りしているうちに
気持ちの整理ができてきた気がするよ。

何が正しいか、こだわっちゃうよね。。。
こだわりを持ちながら、悩みながら、納得のいく判断をする。

真面目に向き合ってくれてありがとう。

会いたくなっちゃったよ~
  1. 2017/07/05(水) 22:34:39 |
  2. URL |
  3. ヨーキーもも #-
  4. [ 編集 ]

豪雨、被害はありませんか……
心配しております

父の実家の大分も大変そうで……
何もできませんが、お気をつけて下さいね


ももちゃん、元気そうなお顔です
確かに、こんなに長く……と、私も思います
決定打があると思っていましたし
完治するものとも思っていました
スーノも、これからを思うと、心配は尽きませんが
今までを思うと、安定を続けています

お母様……心配ですね
我が家も近所に兄一家かいますが
結局、我が家に滞在することが多くなり
今はほぼ、我が家にいます
父は高齢ながら要支援程度、
母は認知と身体のこともあり、要介護4です
もう、私のこともわかりません
ゆっくりゆっくり進み、
妄想や混乱、荒れた時期もありましたが、
今は、優しいおばあちゃん、赤ちゃんのようになりました
家族は苦しいですが、母の穏やかで
きっと、安心の別世界?に居て楽しんでいるんだわ~と思うようにしました

治療、医療、医師や介護者……
選択肢はあるものの、難しいですね
お母様にとって、ご家族にとって、
より実り多い、笑顔の時間を過ごせますように!

素敵な帽子なのでしょうね!
貰った時の嬉しい気持ちが今も続いているんですよね
  1. 2017/07/06(木) 09:08:57 |
  2. URL |
  3. kun #WNCFVFEs
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

kunさん

心配してくださり、ありがとうございます。
もも地方も雨は激しいものの、被害はない模様です。

大分のお父様のご実家、心配ですね。
これ以上被害が広がらないようにと祈っています。

豪雨被害はなかったのですが、昨夜は一晩中「雷」でした。
ももはもう大変、吠えたり震えたり走り回ったりi-230
お互いほとんど眠れませんでした~
もものために遮光・防音する?と考えるほどピンチでした。

スーノちゃん、まずまずの安定でホッとしてます。
同じように取り組んでも結果が現れないこともあるので、
いくつかでも合う食材があったことは、ラッキーなことですね☆

ワンコのことも、介護のことも、
迷い多く難しいですね。
少しでもよくなりたいから、悩むのですよね。

難しいけど、実り多い笑顔の時間のために頑張ります。

ありがとうi-178

  1. 2017/07/06(木) 14:06:04 |
  2. URL |
  3. ヨーキーもも #-
  4. [ 編集 ]

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